地震が起きたとき子どもと家でどう動く?不安を減らす考え方を整理するヒント
地震のニュースを見るたびに、
「もし今、ここで揺れたらどうしよう」
「子どもをちゃんと守れるだろうか」
そんな不安が、ふと頭をよぎることはありませんか。
防災グッズは用意しているけれど、実際に揺れた瞬間、子どもとどう動けばいいのかは、意外と整理できていないものです。
この先に書くのは、「正解」を示す記事ではありません。私自身の子育ての中で感じたこと、相談を受ける中で見えてきた考え方を通して、地震と子ども、家との向き合い方を、少し落ち着いて整理する時間になればと思っています。
読み終えたあと、今の暮らしを否定せずに、「わが家ならどうだろう」と考える余白が残る記事を目指しています。
揺れた瞬間に大切なのは「完璧な行動」ではない
地震が起きたとき、頭の中でマニュアル通りに動ける人は、ほとんどいないと思います。
私自身も、小さな子どもと暮らす中で、突然の揺れに一瞬フリーズした経験があります。
テレビや防災訓練で見聞きしていたはずなのに、実際の揺れを感じた瞬間、何を優先すべきか頭が真っ白になりました。
そのときに強く感じたのは、「正しい動き」を探そうとするほど、体が動かなくなるということでした。
どこに隠れるべきか、外に出るべきか、子どもを抱き上げるべきか。考えれば考えるほど判断が遅れ、結果として何もできない時間が生まれてしまいます。
そんな中で、無意識にできたのが、子どもを自分のほうへ引き寄せることでした。
抱き上げられなくても、声をかける、手をつなぐ、体を寄せる。
それだけの行動でも、子どもの表情が少し和らぎ、泣きそうだった顔が落ち着いていくのを感じました。
子どもにとって、地震の怖さは「揺れそのもの」だけではありません。
何が起きているのか分からない中で、大人の姿が見えなくなること、声が聞こえなくなることが、不安を大きくします。
だからこそ、難しい判断より先に、「ここにいるよ」と伝わる行動が大切なのだと思います。
揺れた瞬間に本当に必要なのは、正解を探すことではなく、子どものそばにいるという姿勢だと感じています。
完璧に動けなくても、自分を責める必要はありません。
その場でできた小さな行動が、子どもにとっては大きな安心につながっていることも多いのです。
子どもの年齢で「動き方」は自然と変わる
地震のときの動き方は、「子どもだからこうすべき」と一律に決められるものではありません。
成長段階によって、理解できること、感じ取ること、安心につながる行動は少しずつ変わっていきます。
だからこそ、年齢ごとに「今のわが子には何が合いそうか」という視点で考えてみることが大切だと感じています。
赤ちゃん・未就学児の場合
小さな子どもは、地震が何なのかを理解できません。
揺れの理由も、これから何が起きるのかも分からない中で、周囲の大人の様子だけを頼りにしています。
この時期の子どもが受け取っているのは、言葉の内容よりも、表情や声のトーンです。
慌てた声、強い口調、早口の指示は、それだけで不安を大きくしてしまうことがあります。
私自身、揺れた瞬間に「大丈夫、大丈夫」と何度も繰り返しながら、子どもの名前を呼び続けたことがあります。
特別な言葉ではなくても、「呼ばれている」「近くにいる」と伝わるだけで、体のこわばりが少しずつ取れていくのを感じました。
この時期は、正しい行動よりも、安心できる存在でいることが何より大切だと思います。
抱き上げられなくても問題ありません。
手をつなぐ、背中に手を当てる、目を見てうなずく。
その一つひとつが、子どもにとっては「守られている」という感覚につながります。
小学生以上の場合
小学生以上になると、状況を言葉で理解し始めます。
「今は地震なんだ」「揺れているけど、すぐに収まるかもしれない」といった説明も、少しずつ受け止められるようになります。
この年齢になると、「どうする?」を一緒に考える余地が生まれます。
地震が起きていない平常時に、「揺れたらここに集まろう」「これは倒れると危ないかもね」と、会話として共有しておくことが、いざというときの行動につながりやすくなります。
大切なのは、完璧な行動を覚えさせることではありません。
「自分で考えていい」「分からなければ大人を頼っていい」と感じられる関係性です。
少しずつ役割を渡していくことが、子どもの安心と自立の両方につながっていくと感じています。
うまくできなくても責めない。
その経験を、あとから一緒に振り返る。
それだけでも、防災は「怖いもの」ではなく、「家族で向き合うもの」へと変わっていきます。
年齢に合わせて“できること”を少しずつ増やしていく視点が、無理のない備えにつながるのだと思います。
家の中で「決めすぎない」ことの安心感
防災という言葉を聞くと、「ここに逃げる」「揺れたらこの順番で動く」と、行動を細かく決めることが大切だと思われがちです。
確かに、何も考えていない状態より、ある程度の目安があるほうが安心につながる場面もあります。
ただ、子育て家庭の住まいを見てきた中で感じるのは、家の形も、家具の配置も、家族の過ごし方も、それぞれ違うということです。
リビングにいる時間が長い家庭もあれば、個室に分かれて過ごすことが多い家庭もあります。
その違いを無視して「こう動くべき」と決めすぎてしまうと、実際の生活とズレが生じやすくなります。
私の家でも、「揺れたら必ずここに集まる」と決めていた時期がありました。
けれど実際に揺れたとき、その場所に向かおうとして通路が狭く感じたり、物にぶつかりそうになったりして、かえって動きづらさを感じたことがあります。
その経験から、細かい動線よりも、「どこを避けるか」を共有するほうが現実的だと感じるようになりました。
たとえば、「背の高い家具の近くには寄らない」「出口の前に物を置かない」「ガラスが割れやすい場所には注意する」。
こうした大枠の考え方であれば、家族それぞれがその場の状況に合わせて動きやすくなります。
家の中で大切なのは、完璧な避難ルートよりも、危険を避ける感覚を家族で共有しておくことだと思います。
決めすぎないことで、「今ここにいるけど大丈夫かな」「この場所は避けたほうがよさそうだな」と、その場で考える余地が生まれます。
その柔軟さが、結果的に安心につながることも少なくありません。
防災は、ルールで縛るものではなく、暮らしに寄り添わせるもの。
今の家の中を見渡して、「ここは少し危ないかもしれない」と感じる場所を一つ見つけるだけでも、十分な備えになると感じています。
宅建士として見る「家と地震」の距離感
宅地建物取引士として住まいに関わってきた中で、地震への不安について相談を受けることがあります。
その中でいつも感じるのは、不安の正体は「家そのもの」だけにあるわけではない、ということです。
築年数が古いから不安、新しいから安心。
木造だから心配、鉄筋だから大丈夫。
そうした分かりやすい基準に目が向きがちですが、実際にはそれだけで判断できるものではありません。
たとえば、同じ築年数・同じ構造の家でも、住んでいる人の感じ方は大きく違います。
理由をたどっていくと、家具の置き方や固定の有無、通路の確保、普段どこで過ごす時間が長いかといった、暮らし方の違いに行き着くことが少なくありません。
特に子育て世帯の場合、成長に合わせて家具が増えたり、動線が変わったりします。
その変化に住まいが追いつかないまま、「なんとなく不安」だけが積み重なっていくケースも多いと感じています。
たとえば、背の高い収納が子どもの遊び場のすぐそばにある。
避難経路になる廊下に、日常的に物が置かれている。
こうした小さな要素が重なることで、地震への不安は大きくなっていきます。
引っ越しや住み替えを考える前に、「今の家でできることは何だろう」と視点を少し変えてみる。
家具の配置を見直す、固定を検討する、通路を一本だけでも確保する。
それだけで、気持ちが少し落ち着くこともあります。
住まいの安心感は、建物の性能だけで決まるものではなく、暮らし方とのバランスで生まれるものだと感じています。
家と地震の距離感は、「怖いか・怖くないか」で白黒つけるものではありません。
今の住まいを否定せず、できる範囲で整えていく。
その積み重ねが、結果的に「この家でも大丈夫かもしれない」という感覚につながっていくのだと思います。
「外に出るかどうか」はその場で考えていい
地震が起きたとき、「とにかく外へ出たほうがいいのでは」と思う方は多いと思います。
実際、私自身も揺れを感じた瞬間、頭に浮かんだのは「外に出る?」という迷いでした。
けれど、これまで相談を受ける中で一貫してお伝えしているのは、「必ず外」「必ず中」という決まった答えはない、ということです。
揺れの大きさや続いた時間、昼か夜か、周囲に倒れやすい建物があるかどうか。
そして何より、その場にいる子どもの年齢や状態によって、適した行動は変わってきます。
たとえば、夜間で足元が見えにくいとき。
余震が続いていて、外に出るまでの通路に危険がありそうなとき。
こうした状況では、無理に動かず、その場で様子を見るほうが安全な場合もあります。
一方で、明らかに危険を感じる場合や、建物の状態に不安があるときには、落ち着いて外へ出る判断が必要になることもあります。
大切なのは、「外に出るかどうか」そのものよりも、「今、この場所は安全か」を考える視点だと思います。
判断に迷う時間があったとしても、それは家族を守ろうと考えていた証だと感じています。
行動したあとで、「あれでよかったのかな」と不安になることもあるかもしれません。
そんなときは、「どうしてその判断をしたのか」を、家族で振り返ってみてください。
子どもにとっても、「大人が考えて決めた」という過程を知ることは、大きな安心につながります。
正解を一つに決めなくても大丈夫です。
その場で見て、感じて、考えた判断を重ねていくことが、結果的に家族なりの動き方を育てていくのだと思います。
まとめ|地震のことを考える時間も、家族を守っている
地震と子ども、そして家の話題に触れると、どうしても不安が先に立ってしまいます。
ニュースを見るたびに心がざわついたり、「今の家で大丈夫だろうか」と考え込んだりすることもあると思います。
でも、こうして立ち止まって考えている時間そのものが、すでに家族を大切にしている行動なのだと、私は感じています。
何も考えずに過ごすより、「もしも」を想像し、「どうしたいか」を思い浮かべている。その姿勢自体が、備えの一部なのだと思います。
すべてを決め切る必要はありません。
むしろ、無理に答えを出そうとしないほうが、気持ちが整うこともあります。
たとえば、
・揺れたとき、まず何を一番大切にしたいか
・子どもに、どんな声をかけてあげたいか
・今の家の中で、少しだけ見直せそうな場所はあるか
この問いに、はっきり答えられなくても問題ありません。
「そういえば、ここは少し危ないかも」「こんな声をかけたいな」と思い浮かぶだけでも十分です。
今日一つだけ気づいたことを持ち帰るだけでも、それは立派な備えだと思います。
正解は一つではありませんし、他の家庭と比べる必要もありません。
引っ越す選択、今の家で工夫する選択、しばらく様子を見る選択。
どれも、家族を思って考えた結果なら、間違いではないはずです。
地震のことを考えるのは、怖い作業かもしれません。
それでも、考え続けている時間そのものが、家族を守ろうとしている証だと、私は思っています。
あなたの家庭にとって、少し気持ちが落ち着く考え方が、焦らず、ゆっくり見えてきますように。